自分を実際よりも良く見せようとする人というのは詐欺行為との親和性が高く、昔は広く警戒の対象とされたものですが、インターネットの日常使いが当たり前となった現在では、自己演出のスキルを磨く人の割合が劇的に増えたために、相対的に犯罪性は薄くなったとは言えるものの、本来詐欺と同一のものであってはならないスピリチュアリティにおいては、憂慮すべき事態だと思います。ところが「口では何とでも言える」と申します通り、自らの教えが広まることで世の中が良くなるのだから、世間の耳目を集めるために多少大げさな演出を行うのも必要だし許されるべきだ、という理屈も成り立つのでございます。そう言われればそうだと思いますが、それを言うならその教えで幸せになった人がこれだけの数いるという、第三者が客観的に見ても否定できない事実をもって証明できないといけません。私が知る限りでは、そういう事例をあまり見たことがないのです。普通は自己に利益を誘導するために行うのが自己演出の目的ですが、理論的に言えば、他者の利益のために行う自己演出というものもあり得るわけです。ただそれを実行できる人の数が極端に少ないと言えるでしょう。幸せになるための教えは広まらなければ意味がないし、そこで利益も生まなければ成り立たないのが現実なのですから、これは難しい話です。俗な言い方になりますが、教師になる人はよっぽどしっかりしてなきゃいけない、ということになるでしょう。