「正々堂々」とか「潔さ」といった価値観が評価されない世界的な風潮といいますか、一体何の得があるのとか、ともすれば全然意味が分からないとまで言われる時代になっているのかも知れません。事実、正々堂々と勝負して負けるよりは、ルールを無視してでも勝つ方がいいに決まっているという行動が、これまで以上に目立って来ているように見受けられます。ところがスピリチュアル的に見ますと、勝ちという結果にこだわり続ければ続けるほど、人生の次のステージに進むことが出来ず停滞すると言えると思います。多くの人が人生で負けを経験します。武道やスポーツの世界ではよく言われることだと思いますが、正々堂々全力で戦って負けたならば、自分の限界を知ることも出来るし、何より潔く負けを認める清々しさを知ることが出来ます。自己の成長があり、そこからスッキリとした心持ちで次のステージに向かうことが可能になるわけです。勝ちという結果だけにこだわる場合、自分を有利にするためにルールを破ることを考えたり、それでも負けたらいつまでも諦め切れないという状態に、絶対にそうだとまでは言いませんがなると思います。もちろんそこに心の成長は期待できません。スピリチュアル業界ですべてが魔法のように上手く行くことを諦め切れないというのも、同じような構図ではないかなと思うんです。アメリカの大統領選挙に「敗北宣言」というものがあるそうですが、これは負けた側の候補者が自分の負けを認めて、相手候補の勝利を讃える演説をすることらしいです。負けを認めることの価値を分かっているからこその文化だと思います。