自分を実際よりも強く大きく美しく見せようと頑張る動物がいるように、人間がより洗練された方法で虚勢を張ることも、本能的に備わった性質なのかも知れません。いわゆる自分の実力とは関係ないような外側の価値を自分のものと主張することによって相手を感心させようとすることが、虚勢を張るの意味かと思うんですが、この行動様式は子供の頃に定着する場合が多いんじゃないかと思うんです。知らないことを知っているフリをしたり、出来ないことを出来ると嘘をついたりといった些細な行動が始まりかも知れません。ハイブランドの服を学校に着て行ったり、親の地位を自慢するといったあからさまな行動かも知れません。で、運悪くそれが功を奏して、友達から感心されたり一目置かれるといった成功体験を一度でもしてしまうと、大人になっても、いや本人が途中で自覚しない限り一生、その行動様式を維持し続けることになると思います。それはやっぱり不幸なことと言うべきではないでしょうか。一方、子供の頃に自分の努力で成した何かを周りの大人に褒められる経験が出来た人は幸運です。やる気が出て自分の才能をどんどん伸ばして行く方向性になり易いし、大人になっても何らかの実力で認められる人生になると思います。考えてみれば、私たちが誰かを褒めるその褒め方が問題で、例えば「かわいいね」「イケメンだね」「いいバッグ持ってるね」「いい車乗ってるね」といった、その人が努力して身に付けた実力とは何の関係もない、容姿や財力だけを対象とする悪気のない褒め言葉、あるいはそのような発信への何気ない「いいね」ボタンが繰り返されることによって、この社会のルッキズムや拝金主義に無自覚なまま付和雷同する意味になってしまいます。容姿や財力のみが評価の対象になる風潮をエスカレートさせたくないとしたら、私たちは人のどこを褒めるべきかという点をもっと自覚し始めないといけないと思います。