報いを求めないことが重要である、という言葉を残している覚者さんが過去に多くいらっしゃいますが、報いを求めないというのがどういうことか、頭で考えてもよく分からないわけです。そもそも良い行いをする時に、何の報いも期待していないなどということがあり得るのでしょうか? せいぜい期待しないフリをしているだけに過ぎないのではないでしょうか? 本当に何の見返りもないとしたら、実のところ良い行いをする動機もなくなってしまうのではないでしょうか? 考えても結論は出ないままです。スピリチュアリティの観点からしますと、ある行動とその結果は同時に起こります。ですから報いを求める必要がない、というのが真相だと思います。ところが今の物質世界では、言葉と行動の間に隔たりがあり、行動と結果の間にさらに大きな隔たりがあるのが普通だと思います。その上、明らかに世に迷惑をかけている人が経済的にやたら恵まれていたり、逆にこんなにいい人はいないと言われるような人がなぜか貧乏していたりする現象もよくあります。これはいわゆる過去世や先祖の良い因縁という貯蓄を使っていたり、逆に悪い因縁という負債を払ったりしている現象ですが、そんなことまったく信じない一般人にとっては、世の不公平や無秩序という解釈に至って当然だと思います。残念ながら努力が報われないと感じる人は私も含めてたくさんいます。そこで縁に触れてスピリチュアル業界の開運方法や成功法則のようなものに興味を持つ場合もあるでしょう。自分は報われるべきであるという考えがあるばっかりに、始めは世の中の役に立つ良い行いをしたいという志があったのに、スピリチュアルな情報によって「どうしても恋愛や仕事で成功したい」という自己本位な動機の方が強くなる方向に誘導されてしまうところに、多くの人が陥る罠があると思われます。言うだけなら簡単なんですが、物質世界に特有のタイムラグが発生しているだけなのですから、もうすでに報われていると信じることが大切だと思います。